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全身脱毛に挑戦して、つるつる美肌になりたい

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脱毛は根拠

批評、批判、諫言、陰口、誹謗中傷、罵詈雑言。 

いずれも現状に対する反対の意見であり、第一印象としては「対象者にとって耳が痛いもの」と言う共通項がある。 

自分にとって耳の痛い話こそ、その性質を見極め、必要なもの(良薬にあたる忠告)を取り込む必要がある。 

「それまでの自分と異なる価値観を取り込むことを成長と言うのだ」byハナー 

●「対象者の受け取り=主観」で判別する場合 
耳触りが悪いからと言って、耳をふさいだり、場合によっては言論封殺を試みたりしてしまうと人間的成長の貴重な機会を逸することになり、非常に惜しい。 
(特に言論封殺は「公開討論されると困る独裁者がとる手法」である。独裁者は見せしめの「公開処刑」は好きなのにねぇ。) 

●「発言された場」で判別する場合。 
発言者が対象者に知られないと思っている位置、つまり「陰」に隠れての発言が「陰口」だ。公開討論はこれと反対に位置する。「どちらに説得力があり正しいか?」を当事者以外に広く問いかけることで多数による一定の公正性を目指す(多数意見が常に正しいとは限らない、が少数意見よりは優先せざるを得ないという基本理念が背景に存在する)。 

●「発言者」で判別する場合。 
「発言者が敵なら悪口。味方ならご指導ご鞭撻」と言うのも単純に過ぎる。敵からのアドバイスや味方からの悪口も普通に存在する。 

私がとりあえず良薬(忠告)と判断するには3つほど条件がある。 
①事実に根差している  
②対象者が何かを変え、学び、成長できる余地がある  
③対象者の受け取り方で忠告とできる  

①は単純明快な話である。良薬(忠告)とは「過去から現在に至る現状<事実の集積>がよろしくないから、変えようね」と言うものなんだから当たり前のことだが。 

「脱毛は根拠のない誹謗中傷」をいちいち相手にしていたらキリがない。どうしてもうっとうしいなら公開討論に引っ張り出して根拠のなさを指摘する。事実の一部だけを取り出した話であれば、事実を広くとりあげその矛盾や齟齬を指摘する。自分が知らない後出しの事実があれば知ってから訂正するしかない(不可知のことには神様でも対応できないんだから)。 

②も当然と言えば当然。上記「過去から現在に至る現状<事実の集積>がよろしくないから、変えようね」の変えようねの部分である。 

変えられないことをいくら忠告したりされたりしてもどうしようもないわけだ(笑)。変える余地があるからこその良薬(忠告)である。 

③はなかなか複雑である。対象者の受け取り方によっては敵からの誹謗中傷・罵詈雑言ですら「忠告」として活用できる。一方で発言者は「忠告」の意図で出したメッセージでも対象者が「悪口」としかとらえなければそれは「悪口」として認識される。事実関係はニュートラルに、他人の解釈は好意的に聞き取れることがポイントだ。 

全てとは言わないが、発言者の発言の意図を対象者の解釈で上書きできてしまう場合が結構多い。 
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